2025年度総会

社専カフェ グループディスカッション

1.開催概要

・日 時:2025年10月12日(日)15:30~16:20
・会 場:上智大学 2号館 5階 509室
・テーマ:人の嘆きや悲しみに寄り添うとき大切にしていること

2.内容と進め方

   参加者は6グループ(各グループ6~7人)に分かれ、以下の手順で進められた。
   ①全体説明(進め方や注意事項など)
   ②グループ内自己紹介(簡単に)
   ③各自で思い起こし、メモ作業(講演内容を踏まえての振り返り)
   ④グループ内個人発表(メモを見ながら)
   ⑤グループ討議(意見や感想の交換・共有)
   ⑥全体報告(各グループからの発表)
   ⑦まとめ

3.開催報告

 2025年度総会の講演テーマである「現代社会が求めるグリーフケアとは」を受け、グル
ープディスカッションのテーマは「人の嘆きや悲しみに寄り添うとき大切にしていること」
と設定され、グループごとに話し合うこととなりました。話し合うといっても特に結論を
出すということではなく、各自が思ったことを出し合って皆で共有するという形です。し
かし意外と難しいテーマであったため、個人での振り返り作業の時間をとった後に、個々
の発表という流れとなりました。各グループで話し合われたことを網羅することはここで
は難しいため、進行者の立場から(終了後に各グループからもらったメモと照らし合わせ
ながら)全体報告の内容を概括します。

 講演会の髙木先生のお話では、「グリーフケアは、何か重大な喪失体験があるから必要
だというより、毎日の生活の中での思いやりとか寄り添いといった小さな事柄の中で必要
とされる」という視点が示されました。それを踏まえてのグループディスカッションとい
うことで、参加者それぞれの毎日の生活の中で感じられたことが実際に紹介され、自身の
ご家族・ご友人の話、自らが働く施設での利用者とのやりとりといった話がグループで活
発に交わされました。

 各自が「大事にしていること」は何かについては人それぞれであり、多様な事柄があり
ましたが、多かったのは「ただ聴く」とか「アドバイスをしない」、「(ケアとは)相手
を変えることではない」といった考えを大切にすること、つまり、可能な限り相手に沿う
という態度です。これは悲嘆の主に対し、こちら側が主導して明確な問題解決を目指す態
度とは相反しますし、専門学校で学んだカリキュラムの中に含まれる「社会福祉の専門的
技術」を用いて専門職が問題解決に結びつけていくイメージともどこか異なるかもしれま
せん。しかし現実の実践(または日常のやりとり)の中で、この感覚は多くの方々が経験
知として実感されていることでしょう。そしてそれを今回、全体として緩やかに共有でき
たのではないかと思われます。このことは、このディスカッションタイムの一つの収穫だ
と言えるでしょう。

 さらに、グループから出されたことで多かったのは、人の悲しみに寄り添う、と一口に
言っても「ケア者の立場」に立つことはそれほど簡単ではないという点です。全体報告で
は「(相手との)距離感」とか「心身の健康(を保つ)」といったワードが何回か紹介さ
れていました。この背景には、寄り添うこちら側も人間であって、自身の心や体のバラン
スを保ちながら(悲嘆に)対峙していかねばならないという着眼点があったと思います。
そして時には何かの原因でバランスを崩すこともあるかもしれない、その感覚を意外と多
くの人が感じていたのかもしれません。髙木先生のお話の中にも、ご自身が相手の要望に
対して「できない、助けられない」と伝える場合もある、という内容がありましたが、同
時に髙木先生は「ケア者であること」をご自身の人生のミッションとして確信しておられ
ました。ですから、この日集まった私たちはこの講演とグループディスカッションを通し
て「果たして、自分は(ケア者としては)どうなんだろう」と考えることになったのでは
ないかと思います。

 これはなかなか厳しい問いであったと言えますが、この点についてのヒントとなったの
は、グループからの報告の中で「ケア者であると同時に私たちはケアされる者でもある」
という見解が示されたことです。確かに今回の参加者一人ひとりには、自分自身が抱える
悲嘆という側面もたくさんあって、グループ内のやりとりでは、自身の悲嘆についての話
が出てきていました。講演タイトルの「現代社会が求めるグリーフケアとは」のタイトル
に戻って考えると、私たちは「ケアする者」と「ケアされる者」の両面を持つ人間として、
現代のグリーフケアを改めて捉え直すことが求められているのかもしれない、という思い
に至りました。

              報告者 上智学院社会福祉連携コーディネイター 三浦虎彦